ブラジル研修レポート (ブラジル日本交流協会 07期研修生)

サンパウロで感じたこと・考えたこと・気がついたこと。
ブラジルでの研修。そして研修終了後の私。
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ある日の日記から(5月・その2)
5月10日(土)
レポートの仕上げ。いつもと違って、ほぼ完成していたので楽だった。夜、インターネットカフェでプリントアウトとコピー。家に戻って、部屋でコピーのホチキス綴じをしようとしたら、同じページが複数コピーされているではないかっ!! 急いで戻ったのだけど、コピーしてくれた受付の女性はホケーッとしてて、どれがダブっていてどれをコピーすればいいのかを聞いてくる。「いくら分からない文字が並んでたって、そんなの、原稿を見りゃどのページが足りないぐらい分かるじゃんー!」と思ったけど、ここは日本じゃないしガマンガマン(でも、自分の笑い顔が引きつっているのがよく分かった)。最後に店を出るとき、ボソッと彼女が「ごめんね」を言った。

5月13日(火)
お昼のあと、近くの教会Nossa Senhora de Fátimaへ。今日はちょっとした屋台が出てフェスタがあった。バカリャウのコロッケを食べて、HenriqueはQuentãoを、Fláviaと私はホットワインを飲んだ。ちょっと前のように寒かったら体が温まってよかったのに、今日は暖かい日で残念。
食べているときに、日本語で話していたら、Fláviaが「ポルトガル語で話さないと」。冗談で「厳しい先生(Professora rigorosa)だねぇー」と言おうとして、間違えて「おかしな先生(Professora ridícula―)!」と言ってしまった。事務所に帰って、辞書で確認してビックリ。

5月14日(水)
研修後、まっすぐ家へ帰る。今日はForróのダンスのレッスン、でも時間まで家で休んでから行くことにした。疲れていたので少しベッドで横になる。ちょっとだけ寝るつもりが、目覚ましのアラームを間違えてセットしてしまい、起きたら22時すぎ!! 風邪をひいても、どんなことがあってもダンスのレッスンにだけは行くようにしていたのに…。かなりショック。

5月15日(木)
Exaltasambaのライブへ。バスのルートは調べたけど、途中、急に周りが暗くなって人通りも途絶えたので少し緊張した。特に迷うこともなく、なんとか無事会場へ到着。パゴーヂだけにモレーノ率も高く、会場もキャーキャー女の子の歓声だらけ。だけど、年齢層は少し高め。一人だったけど、前に座っていた女の人も一人で来ていて少しホッとした。ただ、私の席は隣が空いていた。いかにも「私フラレまして、今日は一人で参りました」みたいなテイだ…! それがちょっとイヤだった。
Exaltasambaは、いる間にどうしても行きたかったショーのひとつだった。今日のライブは初めから終わりまで、みんなそろって両手を広げて揺れ、踊って歌っての“歌声ショー”。私もデタラメに適当に歌って楽しんだ。でも、こういう系の音楽は誰かと一緒だったらもっと楽しいはず。次は誰かブラジル人の人を誘おう。

相変わらずボケた写真。



5月16日(金)
2コマ目の授業に出るつもりで、21時すぎに大学へ。行ったら門が閉まっていた。「またやっちゃったよー」とガックリ。そしたら警備員が「体育館に行きな。今日はパーティーだよ」。そのとき、Hilda先生が金曜は19時からダンスパーティーがあるよと言っていたのを思い出した。去年と同じようなパーティーらしいけど、去年はかかっていたのが60・70年代のアメリカ音楽であんまり楽しめなかったんだよな。
体育館へ行ったらほとんどの学生が帰るところで、残っていたのは先生たち数人と20人ぐらいの学生。食事はエスフィーハ何種類かとコーラ、ガラナが用意されていた。ステージでは生バンドが演奏していて、アメリカの音楽ではなくブラジル音楽をジャカジャカ演奏している!!(しかも素人バンドのレベルを超えてかなり上手だった)
踊っていたのは全員体育学科の学生で、いつも顔を合わせている彼らに交じって一緒に踊った。ほとんどの学生がオリジナルの“あほダンス”を考えてみんなで競い合っていて、でもさすがにそこまではハジケられず(女性は2人だった)、自分は体を揺らして普通に踊るだけ。それでも十分楽しかった。
ダンスが終わったあと、近くのbarでビールを飲みに行く。帰りのバスが心配になって、着いてすぐだったけど帰ることにした(といっても23時をまわっていたと思う)。一緒に飲んでいたPelêが、車で帰る友達に声をかけて途中まで私を送るよう頼んでくれた。「こいつは信頼できる奴だから安心して」。
確かにその人は親切な人だったのだけれど、どこか途中の駅まで送ってくれるのかと思ったら、理解不足の私の完全な勘違いで、“どこか途中の地下鉄の駅かターミナルまで行くバスのバス停まで送る”という意味だった。……。
人けもあまりない、もちろん自分は全く知らない場所で降ろされてバスを待つことに。しばらくして来たのはSé行きのバスだった。……。この時間帯にセントロへ行くのはマズイと思って焦ったけど、ほかに方法が見つからない。近くにはVila Madalena駅行きのバスも走っていたけど、それに乗ったとしても、駅に着いたころには終電がなくなっているかもしれないし、それにバスのルートや夜中Vila Madalenaの駅の周りがどんな様子かも知らない…。仕方なくこのSé行きのバスに乗ることにした。
このバスは、自分が普段、人の車の中からでも目にしたことがないような、すごい場所を通って走った。いつバスが襲われてもおかしくないような治安の悪そうな物騒な道だけではなく、人も歩けないほどの街灯が一切ない道もあった。道を走っているのはバスか輸送トラックだけで、乗用車の姿は全くない。歩いている人も明らかに普通じゃない3人組の若者とか…。
一人、また一人と次第に降りていって、乗客は私ただ一人。窓から他のバスの乗客を見ても、私だけ肌の色が違う。自分は完全に周りから浮き上がっていて、他のバスからも姿を見られないように体を隠した。
Séに着いてバス停に人がいっぱいいたけど、そのホッとしたのもつかの間。広場にたくさん人がいて、でも誰がマトモで誰が怪しいのか、人が散らばりすぎていて全く分からない。それがなんとも言えず不気味で怖かった。
夜でよく周りが見えなかったのか、それとも自分が焦っていたのか、前にも何度か使ったことがある入口までの道が思い出せない。怖い思いを振り切りたいのもあって猛烈ダッシュで入口らしきところまで近づいたけど、その入口は閉まっていて、すぐ傍には浮浪者の子供が大勢(急いで走ってUターンしたとき、その子供たちが背後から自分に何か言葉を浴びせているのに気づいた)。
幸い、走っている間に駅の様子がつかめて別の入口を発見。周りを見ると、ブラジル人ですらも小走りで入っていく。改札に入って「これで少しは安全が確保されたんだ」と思ったら、少し力が抜けてしまった。
家に着いてドッと疲れが出る。しばらくドキドキも止まらなかった。
| ycuio | 過去の日記 | 00:37 | comments(2) | - | -
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はじめまして。
私もこの制度でブラジルに行けたらな〜。と思いながらブログを見せて頂いていたら、なつかしいExaltasambaのお話だったので、ついついコメントを書いてしまいました。

昔リオからすぐのパケタ島にいったときにラジオから流れている彼らの音楽をきいて大好きになり、すぐにCDショップに買いにいったのを覚えています。

色々大変なこともあるかとは思いますが、是非様々な体験をまた聞かせて下さいね。楽しみにしています。

Tchau.

Mami
| Mami | 2008/08/08 12:28 PM |

はじめまして、
コメントありがとうございます!

最近全然チェックしていなかったので、
まさかコメントがあったとは!!
返事が遅くなってごめんなさいね。

私は10月21日にブラジルから帰国しました。
研修のこと、Exaltasambaのこと、
どこかでお話しできるといいですね。

ではでは…。

bjs,
Ycuio
| Ycuio | 2008/10/28 12:27 PM |










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