ブラジル研修レポート (ブラジル日本交流協会 07期研修生)

サンパウロで感じたこと・考えたこと・気がついたこと。
ブラジルでの研修。そして研修終了後の私。
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ある日の日記から(5月・その1)
5月2日(金)
まだ風邪が治らないので、今日は研修後、大学を休むつもりでまっすぐ帰る。家に着いたあとで気が変わり、2コマ目の授業に出席することにした。行きのバスの中では、珍しくレゲエがかかっていて(いつもは大体、サンバやパゴーヂ)聴いたことがない感じのレゲエだったので、「誰が歌っているの?」とコブラドールのお兄ちゃんに質問。Tribo de Jahだった。
「かっこいいね。気に入った!」と言ったら「いいだろ、リラックスするよね」と喜んでいた。今日のバスは人が少なくてかかっていた音楽もよかったなぁと、ご機嫌でバス停を降りる。大学の前まで来たら、門が閉まっていて真っ暗。今日は休日前で授業は休みだった。Caramba!! 

5月4日(日)
風邪がまだ治っていないのに今週は無理していろいろなところへ出かけたので、今日は休養の日。部屋でゆっくり休んだ(といっても、県人会の中ではしっかり深夜までカラオケ大会があったけど…!)。

5月5日(月)
Shopping Anária Franco(ショッピングセンター)へ。大学へ行くときいつも使っているTatuapéの駅から別のバスに乗って。バス停はショッピング裏手にあって、バス停からは地下の駐車場を通って建物の中に入るらしい。駐車場の入口には警備員がいたけど車以外の人は出入り自由っぽいし、また夜だったこともあって、駐車場を通るとき少し緊張した。店の中をざっと見て、帰ろうと出口を探したのだけれど、いくら歩いても出口が見つからない。そんなバカなっ!!
でも「出口どこですか」「どうやって出ればいいんですか」なんて、そんな質問するのもちょっと恥ずかしい。しばらく探したけど結局分からず。時間も遅かったので、入ったときと同じに駐車場を通って出た。出口を見つけられないなんてあり得ない…と思ったけど、そんな信じられないことが本当に起きた!

5月6日(火)
ポルトガル語のレッスン。覚えたことや習ったことを忘れているわけではないのだけど、最近またポル語が退化している(というよりは、伸びが止まっている)ように思う。前に比べて、“相手の言うことが分かるようになっている”という手ごたえもあまりない。ただ、複雑なことを説明するのであれば、自分が知っている簡単な言葉を組み合わせて何とか言うこともできるようになったし、あとは、ちょっとした話だったらその場のノリで話すとか、そういう変なテクニックも身についてきた。だけれど、まだ何を言っているか聴き取れないことも多い。
これまでの感じでは、言葉が上達したなという実感は大体3〜4ヶ月周期でやってきて、その間には必ず停滞しているように見える時期がある。だから今回もその谷間なのかもしれない。まぁ、でも一年ちょっとでは大した上達は見込めないのかも。

5月7日(水)
「ドルとレアル」についてのレポートで、知り合い(お友達?)の社長さんに話を聞くため、お昼ごろ研修先を抜ける。インターネットと本とで、ある程度レポートは仕上がっていたけど、まだ聞き取りを全くしていなかった。会社の資料も見せて説明してもらい「ブラジル経済データ」の資料も貸してもらう。2005年の古いものだったので「新しいのないですか?」と聞いたら、最新のものを買うことになり、ついでに話を聞いてくるといいからと、そのあと発行元のJAPAN DESKへ行くことになった。JAPAN DESKでも、ブラジル経済の基本を中心にお話を伺うことができた。経済についてはあまりよく分からないと話したので、お二人とも分かりやすく解説してくださった。研修先に戻って研修後、レポートを書いていたら、先生が外出先から戻る。今の校正の進捗状況について少し報告をした。

5月8日(木)
昨日から右目が赤く目やにも多く出ているけど、今日は左目のほうも少し赤くなっていた。夕方、一度病院へ行って診てもらったほうがいいと、Tatianaがすぐ予約の電話を入れてくれた。親戚に眼科の先生がいて、そこの診療所にかかることに。
研修を少し早退して、夕方Santa Cruzへ。いくつか検査もした(視力検査で出てくる記号はアルファベットだった。⊂⊃∪∩の形で読ませるのは日本だけ…?)。診察はポル語だけだったけど、ゆっくり丁寧に説明してくれたので問題はなく、入院した前のときと違って私も今日は辞書を持っていたので大丈夫だった。原因は結膜炎ではなく、コンタクトレンズによる炎症。月曜日の再診のときまで目薬を使って、それで治らなかったら他の原因を考えなくてはいけないと言われた。コンタクトレンズは1ヶ月間禁止(これが一番キツイ)。あー、今日もいっぱい医学用語のポル語がでてきたなぁ。
夜はDominguinhosのライブ。平日の木曜なので空席が目立つ(初日なのにお客さんがあまり入っていなかったことをジョークにしていた)。この人は“フォホーのおじさん”だと思っていたけど、ほかにショーロもやった。MC中、しゃべっている途中で合図もなしにいきなり勝手に演奏を始めて次の曲へいってしまうDominguinhos。慌てて楽器を持って、焦って彼に続くメンバーたち。Dominguinhosの長い話に飽きてしまって、彼の話に茶々を入れたり反論したり、舞台をウロウロ動き回って他のメンバーにチョッカイを出す、これまた自由なメンバーのおじいちゃん。音楽を楽しむ以外にも、ツッコミどころ満載の、ビジュアルでも面白いライブだった。

5月9日(金)
研修後、大学へ。授業がいつのまにか学生の発表に変わっていた…(先々週、先生が「Lutasとメディアとの関係」について何かいろいろ言っていたけど、あれは発表についての説明だったのかぁ…。でもグループや発表の順番はいつ決めたんだろう??)。このあと学期の終わりまで、多分ずっと学生の発表が続くことになる。
発表では、日本のアニメや戦隊モノがたくさん出てきた(また、みんな、よく知っていた)。梶原一騎の「キックの鬼」(ポル語の字幕つき)というアニメを資料に使った学生もいて、観ていて面白かった。「アニメの中のLutasが与える影響」という内容で、イベントで撮影したというコスプレ写真を使って発表した学生もいた。授業のあと、Luiz Fernando先生に、「金太郎」のTakaさんが相撲の講演をしている話をしたらとても興味を持ってくれ、来週何かを“マルカール”しようと言われたけど、何度聞き直してもその意味が分からなかった。
帰り、前の学期で顔見知りになった子と一緒になり、4人でpastelを食べに行く。研修先などと違って大学では、私が外国人だからといって、例えばゆっくり話すとか、より分かりやすい言葉や表現に換えて話すというようなことをする人はほとんどいない。食べている間、めちゃめちゃ集中して聴き取ろうとしたけど、彼らの話している内容、言っていることはやっぱりほとんど分からなかった。ただそれでも、理解できる部分があったらすかさず会話に入るようにした。“笑っていてジュースを口から吹いた”という話題のあと、自分の小学生のころの話をした。給食で同級生の男の子に笑わされて、食べていたもの―忘れもしない、あれはかきたま汁だった―を吹いてしまい、先生がイカり狂って、なぜか私だけ罰で2週間、廊下で給食を食べた話(今だったら絶対問題になるだろう(笑))。すごく驚かれ、そのあとみんなで大笑いになった。
部屋に着いたらドッと疲れが出てすぐ寝てしまった。言葉が分からないストレスというのは今もかなり大きい。
| ycuio | 過去の日記 | 00:30 | comments(0) | - | -
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