ブラジル研修レポート (ブラジル日本交流協会 07期研修生)

サンパウロで感じたこと・考えたこと・気がついたこと。
ブラジルでの研修。そして研修終了後の私。
<< なぜ窓側の座席は人気なのか? | main | ブラジルのコラソン >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | | - | - | -
ある日の日記から(3月)
3月3日(月)
今週も「Rítimica」の授業を見学。パソコンをいったん家に置いてから大学に行ったので、少し遅れて到着した。グループになっていてどこに入ればいいのか迷っていると、BiraとLuan, Michaelたちが「こっちにおいでよ」と誘ってくれた。いい子たちだなと思っていたら、彼らは授業中でも大声で騒ぐ、よく言えば“元気がいい”“賑やかな”(悪く言えば“うるさい”!?)グループだった。
途中、Luanに自分の名前を漢字で書いてと言われ、辞書を引いて、それぞれの漢字にポルトガル語の意味を付けて渡したら「俺も俺も」と次々に言われ、結局5人ぐらい考えるハメになった。よっぽど気に入ったのか、そのあとも興奮して大はしゃぎ。授業の間、大笑いしたり勝手に発言したりして大変だった(先生の声も聞こえないほど。日本だったら授業妨害だとか言われて教室を追い出されてもおかしくないだろう)。Andrea(先生)も慣れたもので、かわしたり無視したり時々注意したりして授業を進めていた。
先生の注意で思わず笑ってしまったのは「一人が話しているときは、他の人は聞くーー」。前にこの大騒ぎを“小学校低学年”と書いたけど、“幼稚園”の間違いだったかな…。

3月5日(水)
ダンスのレッスンを見に行った。今日のレッスンはForró。Forróはダンスの中でも簡単なほうと聞いていたけど、確かにその通りでリズムも分かりやすい。先生も感じのよい人で彼のポル語も聴き取りやすいし、何よりレッスンが楽しい。見学したあとこのレッスンを申し込もうとしたら、受付で怖いオネエさんに「空きがないから申し込めない」と断られてしまった。何とか粘ってみたが、無理無理無理(なぜ無理なのかも説明してくれたけど、分からなかった)。「人気のあるレッスンだったら、ずいぶん前から申し込まなきゃいけないんだよ」(=「お前はギリギリになって、まだそんな馬鹿なことを言っている」ってことか!?)みたいなことまで言われる始末。でも、ここであきらめたら負けだと思い、泣きそうな顔で「日本へ帰る前に、Forróを覚えたい。このレッスンを受けたい。お願い…」と必死さをアピール。偶然、今日教えてくれた先生が隣でそれを見ていて、「いいじゃん、受けさせてあげなよ」から始まって、彼女をなだめたりおだてたりしながら交渉してくれた。最後「90%は申し込めるから大丈夫だけどねー」と彼女に聞こえるように言いながらウインク。この先生のレッスンが受けられたら毎週きっと楽しいだろう。

3月6日(木)
研修後、昨日見学した学校に行く。受付のオネエさんは、昨日とはうってかわって優しい態度。私にもとっても好意的で、昨日のレッスンも申し込めるようになっていた。先生の力もあるけど、昨日の泣きマネが効いたのだろうか…?(でも半分本気で泣きそうだった)

3月7日(金)
研修生のLuizと一緒にランチ。「ポルトガル語を覚えるのは難しいんだね」と言われ、英語とポルトガル語の違いの話になって、Luizが自分のアメリカ留学の経験から「ポルトガル語は(英語に比べて)ルールが多い」「ポルトガル語はたとえ相手が文法的に間違って話していても、何とか理解できる。でも英語は文法的に正しくないと理解してもらえない」と話してくれた。ポル語にたくさんのルールがあるというのは、前も何人か(ブラジル人)に言われたことがある。でも、その違いについてはいまいちピンとこなかった。
今日は研修後、しばらく研修先でレポートを書いて大学へ。大学では2コマ目の授業(Lutas)に出席。今日の授業は「武道とは何ぞや」ということで、映画『ラスト・サムライ』を鑑賞。観ていてもあまり面白いと思えなくて「もしみんなの前で先生に『気に入った?』と聞かれたらどうしようー」と観ているときからドキドキしていたけど、幸い聞かれずに済んだ。最後に、先生が「これはハリウッド映画だから本物の武道じゃない。Kurosawaの映画だったらもっとよかったんだけど」というようなことを言った。ちゃんと分かってくれているんだと知り、少しホッとした(それとも、面白くなさそうにしているのを見られたのかな?)。

3月8日(土)
昨日はパソコンを研修先に置いて帰ったので、今日は研修先でレポートを書く。研修先に行く前に、駅前のlanchoneteで軽く朝食。お金を払うとき、店の主人に「値上げした?」と聞いてみた。「4月から値上げするけど、最近は値上げしてなかったよ」。レポートで書こうと思っていた、値上げについての質問をいくつかぶつけてみた。「去年1年の間に値上げはしたのか?」「値上げを決めるときには何か重要なのか?」というような内容のことを、自分が知っている単語とあとはジェスチャーを使って。どのぐらい自分の質問が通じたのかは分からない。彼の答えで理解できたのは、去年は肉の価格が上がったけど(昨年末だったか年明けだったかに)結局値が下がったので値上げはしなかったということ、値上げに最低給料(Salário Mínimo)は関係ないということ、他の店が値上げしたからといってウチはしないよ、ということ。隣の店を例に出して、ウチは隣よりもジュースの値段は安いけど、質もいいしサービスもいいというようなことを言っていた。でもそれが何を意味するのかははっきり分からなかった。“重要なのは値段のちょっとの差ではなくサービスや料理・材料の質で、お客さんもそれで集まる”、ということを言いたかったのか…な…。

3月10日(月)
お昼の時間、もっとポルトガル語を話したほうがいいと言われたけど、素直に聞くことができなかった。普段はみんなと離れた部屋で研修しているし、研修先でよく話す人も日本語が分かる人が多いから、その人たちとは日本語でコミュニケーションすることが多い(その人のことをより深く知りたいと思うから余計そうだ)。だから周りからは、ブラジルへ来てるのに全然ポル語を話していない(そして上達していない)イメージなのだろう。これまでも「ポル語を勉強しに来たのに(静かに校正しているから)全然話すチャンスがないね」とか時々言われてきた(←かわいそうというニュアンスで)。相手には全く悪気はないと分かってはいても、それでも、初めて言われたときはちょっぴり傷ついた。
集中して校正すると疲れるので、その分、研修先以外の他の場所で積極的に話せばいいと自分では割り切って考えていて、だから研修先ではそれほど頑張って話すこともしていない。やっていることが校正なのに、そんな中でどうやって会話の練習をするんだ?というのもある。それに、本当に話したいことがあるときは研修先でだって話しているし、反対に、特に話したい話題がなければ、日本にいたって日本語でだってしないと思う。だから、そのように言われて今日はちょっと抵抗を覚えた。でもまぁ、相手はこんな私の気持ちは何にも分からずに、軽く言っているんだろうなとは思う。いろいろ言いたいことはあったけど、それをいちいち長々と説明するのができず、また面倒なのもあって、今日は何も言わなかった。

3月12日(水)
夜はForróのレッスン。最初にペアになった男の人は、初心者なのに自分の踊りたいように我流で踊る(レッスンの意味がない! 自分もエラそうなことは言えないが)。リズムもめちゃくちゃで、超初心者の私はどう動いていいか分からず混乱。見かねた先生がペアを変えてくれてBolsista(奨学生)をつけてくれたが、態度も横柄なイヤな感じのするヤツで、今度はこっちのレベルも考えずに自分勝手にガンガン踊る。言葉もできないから先生の指示も分からないし、自分の言いたいことも思うように伝えられない。腹が立つのを超えてだんだん悲しくなってきた。どうしても我慢できなくなってそのBolsistaに「私がまだ習っていないことをしないで」と言ったら(多分私が泣きそうだったので)ビックリしていた。今日はレッスン後の充実感もなくグッタリ。

3月14日(金)
大学へ(Lutasの授業)。今日の授業は、グループになって「武術」「武道」について書かれた本を読み、どういう内容なのかを要約するというものだった。顔を合わせるたび前からちょくちょく話していたKenがいたので、彼のグループに入れてもらう。“武士の心”みたいな部分はちょっぴり内容が分かったけど、それも“何となく”。武道のことだし、他の授業に比べたら、日本人の私にもきっと理解しやすい内容だったはず。もっとポル語ができたら授業に参加できたのに…。
Kenは空手をやっていて日本についても理解があるので、私が分かるように内容を簡単な言葉で説明してもらい、私も自分が持っている知識で日本や武道のことを説明しながら2人で読んだ。授業が終わって、Luiz Fernando先生に「(授業は)理解するのは難しいけど、昔弓道をやっていて武道については少し分かるので楽しい」と伝えたら喜んでくれた。バス停に向かう途中、前に少し話した子たち(名前はまだ分からない。多分同じsemestreの学生だろう)に近くのBarに行こうと誘われ、赤ワインを少し分けてもらって一緒に飲んだ。

3月16日(日)
夜は一人でMaria Ritaのショーへ。前はSanta Cruz駅からバスで行ったけど、今日は県人会近くのバス停から。バス停もホールに近い場所にあり、1本で行けて便利だった。有名どころだしとりあえず押さえておこう、ぐらいの軽い気持ちだったが、とんでもなかった。観ている人の感情を揺さぶるほどのスゴイ歌手って本当にいるんだなぁと。歌のうまさだけでなく表現力も強烈で、それに圧倒されたということかな…。

3月17日(月)
今日もまた雨。月曜なのに、朝起きたときからすでにダルく、疲れが取れていない。夜、履修登録と支払いをしに大学へ行ったら、前学期の授業料を支払っていないと言われる。前学期のときに大学側から言われた授業料は、学期全体ではなく月額のものだったらしく、勘違いして理解していた。会計の女性は、ちょうど仕事を終わろうとしていたときに私が来て、しかもうまく言葉が通じないので不機嫌だった。「滞納」みたいな言われ方をしたので「違う、毎月払うって知らなかっただけだ。何のインフォメーションをもらわなかった」と反論。前学期分の授業料を払うほど持ち合わせがなく、結局今日は履修登録できなかった。

3月18日(火)
研修のあとMemorial da América Latina(João Boscoの無料ライブ)へ。チケットは売り切れだったけど、何とかなるような気がして、開演までネバって待つことにした。開演の9時までにはまだ2時間近くもある。昨日からのダルさも続いていて「つらいな〜」と思っていたら、ホールの中にあるlanchoneteを経営しているおじさん(サンパウロ大学でもlanchoneteを経営しているらしい)や、パッチモンの香水を売っているセールスおばちゃん(“いかにも偽物”をCHANELと言って売っていた!)と話しているうちに、あっという間に時間が過ぎた。開場の間際、列らしいものができ始めたので、すかさずそこに並んでチケットをゲット。前から5列目中央のいい席だったけど、あまりにあっさり手に入って気が抜けた。
ショーでは「この曲やって」と好き勝手に言う人がいて、João Boscoもやりづらそう。自分の持ってきたLPをショーの間掲げて彼にアピールする、イタイ若者も…(←ジャマだったら!!)。João Boscoのshowは前にも観に行ったことがあるけど、無料だとこんなに雰囲気も変わるんだ…。自分の好きなように楽しく自由に観られるのがブラジルのライブのいいところだと思っていたけど、今日はそのようには思えなかった。後ろの席の貧乏ゆすりも気になって集中できず。体調もそれほどよくなかったのも楽しめなかった理由だと思う。帰りは、ピアノの先生をやっている日系人のおばさん、ミュージシャンの黒人のおじさんと一緒にMetrôで帰ってきた。降りるとき2人の名刺をもらった。

3月20日(木)
体もだるくて熱っぽく、お昼ごはんの後が一番ひどかった。今日は一日具合が悪い。
研修後、履修登録をしに大学へ。登録・授業料の支払いをして、ビザのための書類を用意してくれるのを待つ間、前に教務課のWalterが日本語のパソコンはどうなっているのか知りたがっていたことを思い出し、時間つぶしにWalterとMonicaに説明。そのあとで、自分の名前を日本語で書いてと言われ、「ヴァウテル」「モニカ」とカタカナで(←漢字をあてるのが難しかったので)書いたら大喜び。自分の恋人や家族のも書いてほしい、Eu te amoは日本語でどう言うんだ、と質問攻め。ちょっとした日本語教室になった。

3月21日(金)
風邪が治らず、せっかくの休日だったけど今日は一日中部屋で休む。久しぶりに料理をしようと思ったら、途中でガスが切れる。料理はあきらめて洗濯をしようとしたら、洗濯機も壊れていた。なんてツイてない…。しかし、こんなんで、来月から家賃を30レアルも上げるなんて!!

3月24日(月)
ビザ代を払うために、午後Banco do Brasilへ。研修先の近くの銀行では支払いができないらしく、別の支店に行くよう言われる。住所が近くにあるAvenidaの名前だったので、すぐ近くかと思って歩いて行ったら、かなり遠い場所にあった。窓口にいたのは不機嫌で愛想の悪い(むしろケンカごしの)おじさん。振込用紙をプリントアウトできなかったと事情を話して、前は銀行でプリントアウトしてくれたよと話しても、「ウチでは用意しない、やらない。LAN HOUSEへ行け。また来い」の一点張り。彼の見ていない場所に座っていた別の人にダメモトで頼んでみたら、あっさり用紙をプリントアウトしてくれた。
夜は「Rítimica」の授業を聴講。教務課へ寄っていたら教室に着くのが遅れたので、引き続き2コマ目の授業(同じ科目)にも出席。帰りはIzacともう一人の子(名前を聞くのを忘れた)と3人でMetrôで帰った。ほとんどの学生は大学からすぐ近くのところに住んでいて、私がLiberdadeに住んでいると話すと「遠いね、大変だね」と言われるので、てっきり自分は遠くから通っていると思っていた。けど、2人とも大学から家までは2時間近くかかるらしい。私の場合は、研修先から大学までは1時間半弱だけど、帰りは(大学から家までだから)もっと近いし、夜のバスは道も混んでないので早く着ける。しかも私の授業はたった週2日。彼らは毎日通っているわけだ。一人の子は大学から駅までバスに乗ったあと、さらにMetrô→バス→バスと乗り継いで通っている。でも、自分は奨学金をもらっているから遠いのは仕方ないと……。贅沢は言っちゃいけないなと思った。

3月25日(火)
朝いったん研修先へ行ったあと、ビザ延長の申請をするため、Metrôとバスで連邦警察へ。入口近くで、前にUSPのポルトガル語のクラスで一緒だった、コチアのお寺にいるお坊さん(台湾人)に偶然会って少し話をした。当時、クラスでアジア系の生徒はそのお坊さん2人と私の3人で、あとはスペイン語圏の学生。スペイン語圏の学生は先生の説明も問題なく理解できてポルトニョールでじゃんじゃん質問する。全く分かっていないのは私たちだけで、先生の説明が終わると3人でよくポケーとなっていた。外国人の友達もたくさんできて楽しそうだったけど、先生の言っていることが全然分からなかったのと文法の授業ばかりだったのがイヤで、私は2回通っただけで他の学校に変えてしまった。けど、彼女たちは通ったそうだ。
ビザの書類は、窓口がそれほど混雑していなかったので、すぐ受け付けてもらえたけど、申請が認められるまでに少し時間がかかった(1時間以上待ったはず)。「90日後にビザがオフィシャルになる」とのこと。帰りはPinheiros行きのバスに乗って研修先までは1本。昨日行った銀行近くで降り、お昼を食べてから帰った(ポルキロだったけど、特にボロネーゼのスパゲティとエストロガノッフィがおいしかった!)。

3月28日(金)
2コマ目のLutasに出席。今日は体育館で実践の授業。人なつっこそうな男の子が私に話しかけようと近づいてきた。日本語しゃべるのかな(←これまでそうやって近づいてくるのは、だいたい日本語を少し知っている学生)と思いきや、手を合わせてお辞儀して「ハイッ」。なに、そのヘンな挨拶!?
今日は、Lutasの理論を使った子供向けの遊びをみんなでする、実践の授業。前学期と同じで、やっぱりルールの説明や先生の指示は何を言われているか理解できない。最初はしばらくみんなの様子を見て、あとで参加するつもりで脇のほうへ寄ったら、(言葉が分からないから)参加したくないとみんなが勘違いして、いろんな学生が寄ってきてルールの説明をしてくれた。単なる子供の遊びのゲームなのに、みんな真剣勝負。私も気がつくと、猛ダッシュで追いかけていた。この時間のクラスは普段よく見かける学生はあまりいなくて、はじめて顔を合わせた人も多かった。

3月30日(日)
11時から報告会。報告会の前にレポートをプリントアウトする。日曜はほとんどのLAN HOUSEが閉まっている。日曜も開いていて前にも使ったことがあるLAN HOUSEへ。万が一その店が休みだったときのために、他のLAN HOUSEに行く時間を計算して早めに家を出た。でも、心あたりの3つの店すべてが閉まっていた…。ものすごく焦ってBela Vista, Liberdadeと探し回ったけど他に店がなく、結局時間がなくなり、プリントアウトをあきらめて事務所(交流協会)に向かった。どうしよう…。Av. Paulista沿いのBancaで、どこかコピーが取れる店がないかを聞いたら、向かいのBancaでできるとのこと。コピーが終わり、事務所まではすぐ近くだったけど、これまで出したことのないスピードで走った。事務所へ着いたら汗ダクで恥ずかしかった。
| ycuio | 過去の日記 | 01:04 | comments(2) | - | -
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 01:04 | - | - | -
へえ。。。ブラジルで研修?
いいなあ。。。
今自分は日本で勉強中。。
母国ブラジルにはやく行きたいよ。。はっは。。。
| Leticia | 2008/04/15 2:32 AM |

Leticiaさん、はじめまして。
日本でブラジルで
お互い頑張りましょう。

いつかお会いできるといいですね!
| Ycuio | 2008/04/18 7:03 AM |










  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

このページの先頭へ